THE NORTH ISLAND

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それもサーフィン

春の初苦行 それもサーフィン


北海道の春は遅く、東京で桜の開花宣言がされる3月末あたりでも雪が降ったりします。それでも晴れれば春の日差しに冬の間は休んでいたサーフィンの感覚、潮の香りが頭をよぎり何となくソワソワと落ち着きません。真冬も海に入っている通年サーファーも春の陽気には何となく落ち着かないと言います。しかし春が来ても我々冬眠サーファーの筋肉はそう簡単には目覚めてくれないのが現実です。


大体僕はここのところは4月初旬がサーフシーズンのスタートとなっています。4月といえども海には山の雪しろ(雪融け水)が川から流れ込み水温はかなり低くドライスーツにグローブは必要です。札幌近郊はそれでもまだ良い方で、さらに水温が低い道北、道東エリアはキャップも必要となります。札幌近郊ではドライの厚みも3.5mmながら、そのエリアのドライは5mmが標準となります。


このころから海にはシーズンデビューする人達が集まりだします。家族や仕事のスケジュールを調整し、波情報を集めシーズンデビューに相応しい日を決めます。その日の朝、車に板やポリタンク(中身はお湯)、ウエットを積みポイントを目指します。体は動くだろうか?波のコンディションはどうだろう?水温は?好きな音楽を聴きながらテンションを上げてゆきます。


到着したポイントには予想とうりの美しいラインナップです。サイズもお手ごろで今日は当たりです。ドライを着込み入念にストレッチをしてアウトを目指します。水温はまだまだ低くドルフィンをすると頭がキーンと痺れます。繰り返すドルフィンとパドリング。ドライスーツとグローブをつけてのゲッティングってこんなに辛かったっけ?思ったように肩は回らず体も動かない。あげくに息まで上がってくる...


ようやくの思いでアウトに出て息を整え、何本か乗ろうとしますがあと少しのところで板が出ません。完全にパドル筋がなまっているのを感じながらも何とか乗った1本も、リキみ過ぎたのかスタンディングと同時にパーリング。インサイドまで戻され、沖に出ようとするものの体力が追いつかずミドルでハマることしばらく・・自分に言いわけをして一旦上がることを決断して、今入っていた海を岸から見つめ一言「これもサーフィン。」


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これに近い経験って大なり小なり誰でもあると思います。その日がかりにノーライドだとしても「それもサーフィン」なのです。入念に気象情報をチェックして早朝まだ暗いうちに着いたポイントがフラットだとしても「それもサーフィン」。街の喧騒から逃れ沖で独り20分に一度入ってくるかどうかの膝波を待つ行為も「それもサーフィン」。そんな時間に幸せと安堵を覚えるのも全てを含めサーフィンと言ってしまえるかもしれません。


それもサーフィン

■ 春の波予想は迷走ぎみ。

冬の間は山の気象情報はよく視ますが海のそれは殆ど見ることはありません。シーズン中は波を予想するのにGPV気象情報やリアルタイムナウファスはよく使います。ただこれらはサーファーのための波予想ではないので、そこから自分が行くポイントの波のサイズや状態を読み取らなければいけません。しかし春のそれは自分の感覚がまだ研ぎ澄まされていないため判断に迷います。南西のウネリ波高1.2mではあのポイントのサイズはどのくらい?昼前から風が入りそうだけど西の風3mではどの程度影響が出る?


などなど、感覚が戻るでは腹~胸の波と予想をたてて行ってみたものの実際は頭オーバーだったり、どんなに悪くても潮が引けば腰の波はブレイクするはずと思って干潮前にポイントに着くも波はフラットで干潮ピークをむかえても海面が若干筋ばって終了。なんてことは春には日常滴によくあります。波があって海に入れて、それでノーライドならまだ気持ちの持って行き場所もありますが自分の波予想がまずくてのノーライドはちょっとキツイ。でも確かに「それもサーフィン」なのです。


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パタゴニア

■ 映画 WAKITA PEAK/ワキタ ピークを観て思ったこと。

この映画をご覧になった人も少なくないと思いますが、ローカルが待つ、さらに奥の危険な位置にウエイティングする「脇田貴之」の居る場所をローカル達はいつからかWAKITA PEAKと呼ぶようになり、パイプラインに名前を残した日本人の物語です。パイプライン至上もっとも尊敬される20人に日本人としてただ1人選ばれた人でありパイプマスターにもハワイアンとして出場を許されました。当然、この映画ではパイプラインが舞台で、そのポイントの状況もよく描かれていました。


波は完璧なブレイクをしているものの恐ろしく凶暴です。あの波から生じる爆風、映像からは分からない波のほれ方、様々な困難があるのだろうことは容易に想像出来ます。パーフェクトブレイクを目の前に、セットを喰らい板を捨てて潜り、1本も波に乗っていないのにボードは真っ二つ。なんてシーンもありました。日常的にパイプラインに入ってるということはどのサーファーもそこにたどり着くまでに、ものすごいトレーニングや経験を積んで来たのだと思います。


そんな中でノーライドに終わる日、彼らは何を想うのだろうと思いをはせました。「これもサーフィン」と思いながら、彼らは間違いなく次ぎに繋がる何かを掴み海から上がってくるのだろし、その場所に入れるだけで尊敬にあたいするのも確かです。レベルの違い、挑む波に違いはあれど極限状態になれば僕らの心拍数は彼らと同じくらいなのかもしれません。


初めてテイクオフに成功して板の上に立つことが出来たときの感動から始まり僕達は今にいたります。どのレベルにいようと、その場その時、その瞬間に感じる喜びは平等で、喜べない状況になっても「これもサーフィン」と言ってしまえるポジティブシンキングはサーファーだけが持ちえる思考回路だと思います。これから温かくなり、海が混雑することもあります。ビギナーもエキスパートも、皆が海の魅力に惹かれているのだから仕方がありません。


サーファーであればその日海に入っている全員が、海から何かしらの恩恵を得るという権利があります。それは海がもたらす癒しであったり、リラックス感であったり、上手くライディングが出来た爽快感かもしれません。シーズン始めの今、個々が自分にとっての「サーフィン」というものに誇りを持ち、今年も素晴らしいサーフィンライフを過ごしてもらえればと思います。勿論「それこそがサーフィン」なのですから。


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