THE NORTH ISLAND
welcome to nature of hokkaido
1957年生まれ魚座、北海道を拠点に、40年以上にわたりサーフィン・バックカントリースノーボード・登山を続け、 その実体験をもとに風速・気象・アウトドア判断の記事を執筆しています。
簡単ではありますがプロフィールをまとめてみました。
僕がスノーボードをはじめた頃は、街の大型スポーツ店での取り扱いなどなく、スキー場でも係員が見たこと無いとう環境でした。
もちろん情報もなく一部の書店が扱う輸入のスポーツ雑誌に2ページほどの特集で載っているという状態。
スキー場にもスノーボーダーが1人~2人いるかな?という今からでは想像も出来ない状態で禁止のスキー場もありました。
・1984
友人のサーフショップでスノーボードというものをはじめて見る。
一目惚れしシムスのスノーボードボードを購入し、はじめる。
・1990
巷は大会志向が強く、何んとなく息苦しさを感じ自然の山を滑りたいという衝動から春の羊蹄山を登りピーク&ボトムで滑る。
本格的に山の事を学ぼうと思い、「山岳ガイド無名岳」の門を叩きスタッフとして加わる。
・1991~1993
北海道の各山域の主峰、その他を単独登頂、単独滑走を目指し、オプタテシケ山、天塩岳、利尻山、十勝岳、積丹岳、旭岳、富良野岳、余市岳その他を登頂 スノーボードで滑走。
羊蹄山滑走は当時のスノーボード雑誌「スノーイング」に掲載。(何度かの引っ越しの際に紛失してしまいました。)
羊蹄山以外はスノーボードとしては初滑走、初ピーク&ボトムとなる。
副産物として富良野岳鉾岩シュート、羊蹄山の各沢にスノーボードの可能性を探る。

1992年5月4日 利尻山山頂よりスノーボーダーとしては初登頂、初滑走となる。
・2000~2020
シーズン中20回前後を山に入り、シーズンの〆は利尻山というルーティンで過ごす。
・2024~
年齢的な体力の衰えもあり、シーズンの殆どはキロロ・スノーリゾートでエンジョイスノーボーディング、天気が良ければ周辺の山、余市岳などに入り滑るルーティンで過ごす。
映画「ビッグウエンズデイ」をリアルで観て完全に心を奪われましたが、2人の産まれたばかりの子供がいたため育児を優先して5年後にスタートしました。
50代の時に、株式会社 あるた出版の地元紙「O.ton」Vol.21 2010年7月号 「夏色満喫、外遊び」というコーナーで取材を受け友人達と掲載される。
・1984
友人がサーフショップを始めたこともあり、かねてから興味のあったサーフィンを始める。
・1984~1999
ホームの浜厚真に仕事前の早朝に1日おきにサーフィンに行く生活の傍ら、無人の波を探しに日本海、道南、道東をトリップし続ける。
当時は営業職で帯広と函館が担当エリアだったため、木金で出張を入れ土日は現地のローカルとサーフィンという生活を送る。

・2000~2015
道東の波に魅了され週末は広尾などに通う生活を15年続ける。
・2020~
SUPサーフィンと出会い、その面白さにハマる。
🔗 近年のサーフィン、SUPサーフィンの記録 2024/11 ~
婦人アパレル業界に30年以上身を置き、当時の女性社長の言葉が「モテない男はウチの会社には要らない。」という環境の中、営業職に従事。
取引先は大手百貨店や専門店で担当者はほぼ女性、社内も50名中47名が女性という中で過ごす。
なりゆき上、多くの女性達から恋愛関連の相談を受け、株式会社 あるた出版の地元紙「O.ton」の大人の恋バナというコーナーで取材も受ける。
vol.43 2012年5月号 に匿名で掲載されました。

1997年よりホームページを立ち上げ、サーフィンやバックカントリースノーボードの情報を発信。
退職後、WEBデザインを習得し2018年にそれまでのIBMホームページビルダーで制作していたホームページを全てHTMLに書き換えてUP。
サーフィンや登山で習得した気象の知識や、女性中心の中で働いていた経験を生かし、今まで書いていなかった恋愛関連の記事も積極的にUP。
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今後もこの方向性で緩~くサイトの運営を続けてまいります。
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